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2020年7月2日木曜日

BlackBerryの終焉が始まった

今度は本当に THE END だな


BlackBerry愛好家としてどんどん残念な方向に進んでいる。

キーボード付きのケータイがどれだけ誤入力を避けれるかってことだわ。

もちろん両手を使うけど、絶対に英文は入力ミスが少ないかと思う。

とくにタッチパネル(G Boardを利用しているとき)はミスが多い。

それを回避してくれるのが物理的キーボードである。

物理的キーボードと言えば、きちんとしたBluetoothキーボードを接続する方法のある。


このBuffaloのBT KBは3つ買った。
すぐ壊れる(通信しなくなる)がAndroidでも使えたし、iPhoneでも使えた。
iPhoneではこういう製品を買った。
たぶん、BlackBerryに訴えられるだろうと思って、取り消される前に3台買った。
案の定、キー配置などが酷似していたので訴えられて、形を変更して再デビュー。


キーボード入力は何かと便利である。
とくに英語の場合、高速タイピングが可能だ。
タッチパネル経由だとどうしてもアバウトさや指の太さでお入力が生じる。

そんな中、自分は常にキーボード付きのBlackBerryがあって、活用してきたがとうとう本当の終わりになり始めた。


細かいことは note に書いたので読んでいただければ嬉しいです。



ちなみに、今、利用しているBlackBerry Key2は昨年4月26日にビックカメラ有楽町店で買ったもので、シンガポールへその場に持っていって使ってみた。
Key2はアンドロイドベースでOSが7だったかと思うが、現在8.1.0である。


当初は海外専用と思って海外用のSIMを入れていたが、利用していたHTC10 (HTV32) がとうとうダメになってきたので、国内版のau KDDI SIMを入れて、それをずっと使っている。
今では手放せないものになっているから後継機種がでなくなり残念すぎる。

そして最後の299台が出荷されようとしている。

このBB Key2が使えなくなったら、またBT KBを持ち歩くことになるのはイヤだなと。
電車の中で英文を入力するのがかなり億劫になる。
かと言って、日本語入力もいいのかというと違う。
一長一短ではあるが、キーボードがないケータイはこれで THE END って感じだ。

2020年5月24日日曜日

我社には未だにDATとSyQuestがあるんです

もう電源は10年以上も投入していません(笑)

未だに持っているのも変な話し

そもその、なんで持っているのか?

上の段がDDS-2規格のDATと下の段がSyQuest 270MB リムーバブルHDDです。



テープバックアップとしてのDATは最終的に3規格がありました。

一つがDDS-1で非圧縮で2GBまでの規格。
テープもたしか60mだったかな。

DDS-2で4GB、圧縮で8GBバックアップ。
DDS-3で8GBとかでした。

こんな古い機材、いつから?

実は、APS Technologiesという米国の通販で買ったものなのですが、たぶん1995年前後だと思います。



Win95が出たころのかれこれ25年くらい前!

これを当時のMac Classicに私はつないでいました。


2009年9月22日火曜日

SIM ロックフリーの Nokia 6630 が壊れた


17日、山手線内でメールを打っていたら突然「アプリケーション」「クリア」「編集」「0」が反応しなくなった。再起動しても、SIMを入れ替えても、702nkとパーツを交換してもダメ。やっぱり本体のどこかで断線かと思うような不具合が発生した。他は問題なく動くのにキーだけがだめだ。
こりゃ、ショックでした。

E63の日本語対応の「+J for S60」を購入したが、かなりバグがあり入力中によく落ちる。更に絵文字が使えないし、微妙なニュアンスが日本語で伝わらない。その他、日本語で入力されたコンタクトリストの表示がデタラメに近いから全部英語表示し直している。例えば「斉藤」の場合「SAITO」で入れておかないと2バイト文字の1バイト目とかで検索している様子がある。仕方ないから利用している。

さて、問題の6630だが、修理が出来ないので葬るか!RIP。折角着信音を入れたり色々と使い易く工夫したのに。さらば、愛しきマシン(携帯よ)

2008年1月30日水曜日

またマシンが吹っ飛んだ!

一難去ってまた一難。っと言うより、もう諦めましょうと。
我が社のマシンがまた1台、パチッ!と音を立てて飛びました。
1990年にZEOS(現在マイクロン社)の486 DX-33のATマザーのタワーマシンを米国から仕入れました。長期出張行くたびに車に積んで、このドでかいタワーマシンと一緒に旅をしました。大阪、神戸、豊川と色々と一緒に。
ある時、486DXだと非力なので別のCPUに乗せ代えました。確かAMD 5x86-P75でした。その瞬間、CPUから火花が出て、そのマザーとCPUは臨終を迎えました。別のマザーに乗せ代えました。更にK6 II-450MHzにバージョンアップしました。電源も入れ替えたし、オリジナルパーツとして残っていたのが外側の筐体とFDDだけだった。

今月はじめに、例の某NPOのデータベースを作るのにこのマシンよりパーツを抜き取って移植したのですが、今日、何が入っていて、どうなっているか改めて調べるために色々といじってからパーツを戻して電源を入れたらパチ!っと音がして煙が上がりました。
どこから上がったのか不明。痕跡がない!電源か?しかし動いている。
更に電源を再投入しても動いている。不思議だ。

やっぱり気味が悪い。
HDDを抜いて、Owltechのリムーバブル装置も抜いて、FDDも抜いて、USB2.0アダプタも抜いて、TekramのSCSIも抜いて・・・また近所に回っている廃品回収業のおじさんに渡すか。
ちなみに昨日例のデータベースマシンを作っていたAMD K6マシンは引き取ってもらった!
このマシンも同じ運命を辿る羽目になった。

約20年間一緒に苦楽を共にしてきた戦友を失った感じだ。このマシンだけは捨てたくなかったが寿命が来たのか。一時はここのインターネットサーバであったり、色々なことで活躍してくれた。阪神大震災にも豊川で体験したマシン。今の家族より長い付き合いだった。
MS-DOS 6.0, Win 3.1, Win 95, Win NT, Linux, Win XPなどのOSを積んで一緒に戦ってくれた我がマシン。

長い間、ありがとう。

ちなみにそんなマシン、ノート型だがもう2台ある・・・
Dell Latitude XP486 DX4-75とApple Powerbook 180cだ!